2022年11月29日研究会報告

三年の山﨑です。

ずいぶん寒くなってきました。

冬になると、高校の頃お世話になった初老の国語の先生が、冬は空気に緊迫感があるから好きだ、と言っていたのを思い出します。その頃は何を言っているのかわかりませんでしたが、今はちょっとだけわかるような気がします。

 

11月29日研究会報告


11月29日の研究会は、「三島由紀夫『近代能楽集』全8作を読む/観る/語る 関美能留講演会」の第四回「葵上」。
今回も、関さんにお話を伺った後、舞台の録画を鑑賞し、参加者の質問にお答えいただきました。


「葵上」は、『源氏物語』「葵」に典拠して書かれた謡曲「葵上」を、三島由紀夫がリメイクした作品です。
妻・葵の看病のために病室を訪れた美青年・若林光。そこに彼の元恋人・六条康子が現れます。康子は光を誘惑し、やがて二人は不思議な過去の世界に入り込んでいきます。葵のことも忘れて、愛を囁き始める二人でしたが、「助けて!」という葵の叫び声で光は我に返ります。過去の世界から脱出し現実に戻った彼は、急いで康子の家に電話を掛けます。しかし、電話に出たのは在宅の康子。先ほどまで自分を誘惑していた康子は生霊だったのだと光は気づきます。そのとき、病室のドアの向こうから「手袋を忘れたから持ってきてほしいの」という康子の声が。光が手袋を持ってドアの向こうに消えたあと、葵は床の上でもがき苦しみながら亡くなっていきます。
以上が、「葵上」のおおまかなあらすじです。

 

今回、特に衝撃的だったのは、葵に関する演出でした。
録画の再生が始まってすぐ、舞台中央でバイオリンを構えて立ったまま、ぴくりとも動かない女性が目を引きました。やがて、劇の進行と共に、彼女が葵だと分かります。
三島の戯曲の葵は、初めから終わりまでベッドの上で眠りつづけています。関さんは、その葵を立たせ、バイオリンを持たせ、そして全く身動きしないように演出しているのです。
関さんは「ただ葵がベッドで寝ているだけなのは、あんまり美しくないのかなあと思った。それで葵を立たせて、動かない人形のような、物質的な存在にした。また、寝たまま「助けて!」と叫ぶよりも、立った状態で「助けて!」と叫ぶ方がリアルな感じも出る」と語っていました。
また、過去の世界に移行する場面の演出もかなり斬新です。
三島の戯曲では、康子がヨットに関する思い出話をすると、大きなヨットが袖から登場し、帆が葵の寝ているベッドを覆い隠す、という演出がなされています。これによって、過去の世界に移行し、ヨットの上で光と康子が恋人だったころの関係性がよみがえるのです。しかし、関さんは、動かないままの葵を、大きなブルーシートで覆い隠すことで過去の世界に移行させます。
「立っている葵にブルーシートを被せれば、ヨットの柱のような感じにもなる。ブルーシートはゴミ捨て場のような印象も与えるから、人形の葵にも合う」と関さん。
このブルーシートは、最後の場面、光が手袋を手にドアの向こうへ消えた後で、やっと取り除かれます。しかし、そこに、葵の姿はありません。葵は跡形もなくどこかに消えてしまったのです。
「ブルーシートをめくると葵が倒れていた、という演出もあり得た。しかし、葵は人形。人形が倒れていただけでは、ただ「人形が倒れた」というだけになって、死を描くことは出来ない。人形の死を描くには、人形が消える必要があると思った」と関さんは解説してくださいました。
出ずっぱりながら台詞が少なく、眠ったままそこにいるだけの葵については、堂本正樹などの批評家が「葵のような役を作るべきではない」と批判しています。そんな葵を「人形」として演出することで、彼女の存在感に大きな意味が付与されている印象を受けました。

 

質疑応答の時間では、葵に関する質問はもちろん、劇中で使われた原田知世の「時をかける少女」(大林宣彦監督の映画『時をかける少女』の主題歌)について、過去に移行して少女の記憶に干渉しようとする映画『時をかける少女』の一夫の行為が、康子と光の関係性に重ねられるのではないかといった質問や、ヨットの上でふらふらする光と康子の演技についての質問、康子の衣装をウェディングドレスに設定した理由についての質問など、様々な視点からの質問が出されました。

三島の戯曲を読んでいた時には想像もつかなかった人物造形や、演出が盛りだくさんで、今回もとても刺激的な会になったと思います。

 

次回は、近代能楽集「班女」と「道成寺」を掛け合わせたような舞台になっているそうです。
関さんによると「二つの作品を同時に上演するような舞台」とのことでしたが、想像もつきません。
どんな演出なのか思いを馳せながら、次回の講演会を楽しみに待ちたいと思います(次回の講演会は、1/10(火)、1/17(火)の2日に亘って行われます。両日14:40~16:40までの予定です)